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広島高等裁判所 昭和45年(ネ)142号 判決 1971年10月19日

控訴人

大前孝重

代理人

宗政美三

被控訴人

富士火災海上保険株式会社

代理人

高橋一次

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対して、金一一一万八、八六五円とこれに対する昭和四三年一〇月九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人において金三〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

被控訴人が保険事業を目的とする株式会社であり、海原広次が、被控訴会社との損害保険代理店委託契約に基づき、被控訴会社のため、保険契約の締結、保険料の受領等の代理権を有していたところ、控訴人が、右海原広次との間、自己所有の自家用普通貨物自動車(広一に三八一〇)を目的として、保険金額七〇〇万円(但し、対人賠償の場合は金五〇〇万円、対物賠償の場合は金一〇〇万円、車輛賠償の場合は金一〇〇万円を限度とする)、保険料金一一万、〇九七三円と定めた自動車保険契約を締結したこと、ならびに自動車保険普通保険約款に保険料領収前に生じた損害については免責される旨の規定があることは、当事者間に争いがない。

元来、自動車保険契約が、損害保険契約の一種であり、原則として当事者双方の意思表示の合致のみによつて成立すべきいわゆる諾成契約であることは、同法第六二九条の規定上明らかである。そして、<証拠>を総合すれば、控訴人が、昭和四二年一〇月二日、被控訴会社の保険代理店である海原広次に対し、保険期間昭和四二年一〇月二日から一カ年間その他、前記のような内容の自動車保険契約の申込をし、右海原広次において即時これに対する承諾の意思表示をしたことにより本件自動車保険契約が成立したことを認めることができ、これに反する証拠は他に存在しない。

更に、<証拠>を総合すれば、控訴人が、昭和四二年一〇月二日、本件自動車保険契約における保険料金一一万〇、九七三円の払込のため広島信用金庫段原支店を支払人とした金額一一万六、八一四円の小切手(M〇八三五五)を振り出して、被控訴会社の保険代理店である海原広次に交付し、海原広次において異議なくこれを受領したこと、その当時、広島信用金庫段原支店における控訴人の当座預金の残額が金一七万八、一五八円であつて、控訴人が現金の代わりにその資金によつて右小切手を振り出したものであること、海原広次は右保険料金より手数料を控除した金額の小切手を振出し、これを同月四日被控訴会社広島支店に交付したことが認められる。前記のように本件小切手の番号がM〇八三五五であるのに、原本の存在とその成立に争いのない乙第七号証によれば、控訴人が昭和四二年一〇月三日振り出して松江建具協同組合に交付した小切手の番号がM〇八三五四であることが認められるけれども、<証拠>によれば、控訴人は同月二日夜松江市に赴き翌三日松江市における取引先に対する債務の支払に充てるため本件小切手(M〇八三五五)の振出前、あらかじめ、小切手帖から切り取り折りたたんで定期券入れの中に入れて置いた小切手用紙を利用して翌三日松江市において後の小切手(M〇八三五四)を振り出したことが認められるから、右二通の小切手番号と日附とが前後しているからと言つて、直ちに、本件小切手の振出に関する前記認定を動かすには足りない。また、<証拠>によれば、海原広次が被控訴会社に本件自動車保険契約に関する報告をしたのが昭和四二年一〇月四日であり、甲第一号証の保険料領収証も、同日、被控訴会社の契約係山崎正二が、海原広次の報告に基づき昭和四二年一〇月二日付で作成したものであることがうかがわれるけれども、これらの事実によつて、直ちに本件小切手の振出に関する前記認定をくつがえすには足りない。他に前記認定に反する証拠は存在しない。

このように、保険契約者と保険者との間において、保険料の支払に関して小切手の授受があつた場合には、一般に、小切手による保険料の支払が禁止されてはおらず、小切手を現金と同じように処理することの多い取引界の実情に鑑み、反対の事情の認められない限り、その小切手の不渡りを解除条件とし、現金の支払に代えて受領されたものとし、小切手の決済をまたず、保険者が小切手を受領した日をもつて保険料を受領した日とし、その日から保険者の責任が始まるものと解するのを相当とすべく、本件自動車保険契約における保険料も、昭和四二年一〇月二日、控訴人が本件小切手を被控訴会社の保険代理店である海原広次に交付し、海原広次が異議なくこれを受領した以上、保険代理店から保険者に保険料の引渡がなされるまでもなく、被控訴会社に対する右保険料の支払が有効になされたものと認めるべきであるから、その後発生した保険事故による損害については、本件小切手が不渡りとならない限り被控訴会社に右保険契約上の責任があるといわなければならない。本件では、小切手による保険料の支払について、格別反対の事情を認め得る資料は存しない。<証拠>によれば、控訴人振出の本件小切手が昭和四二年一〇月五日に決済されたことを認め得る以上、もはや、解除条件の成就しないことが確定したのであつて、被控訴会社海原代理店が本件小切手を受領した昭和四二年一〇月二日から、すでに、被控訴会社の本件保険契約上の責任が開始しているものといわねばならない。

ところで、<証拠>を総合すれば、本件保険期間中の昭和四二年一〇月三日午後六時頃、岡山県浅口郡里庄町浜中国道二号線上において、控訴人の雇傭する運転手山田久巳の運転する自家用普通貨物自動車(広一に三八一〇)が森田博の運転する備後通運株式会社を破損するに至つた保険事故が発生し、その結果、控訴人の自動車に金六九万七、六一五円、備後通運株式会社の自動車に金三二万一、二五〇円の修理代を要したこと、ならびに控訴人は備後通運株式会社に右修理代および休車補償金一〇万円を支払つたことが認められる。

したがつて、被控訴会社は、控訴人に対して、本件自動車保険契約に基づき、車輛賠償金六九万七、六一五円、対物賠償金四二万一、二五〇円、合計金一一一万八、八六五円の保険金の支払義務のあることが明らかである。

そうしてみると、控訴人が、被控訴人に対して、右保険金一一一万八、八六五円とこれに対する本訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四三年一〇月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当として認容すべきものである。しかるに、これと異なる趣旨の原判決は相当でないから、本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

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